September 7, 2014

Museum Ticket (Italia)


1988年当時の、イタリアの主な美術館のチケット。
デザインの国、美術の国イタリアを彷彿とさせる。

Ticket design of museums.
I felt Italian taste.

空と海


空が好き。飛行機の離陸する瞬間がすき。


 
海が好き。水は私に命を与える。

願わくは、空と海につながる人生を送りたい。

I Love the sky.
I Love ocean.



July 25, 1998

Anchorage - Alaska: アンカレッジ(アラスカ)_Italian art travel: イタリア美術旅行

1998年7月25日、アラスカ・アンカレッジ国際空港。日本からヨーロッパへ向かう最短コースの経由地として着陸。KLM便の北周りルート。当時、アジア経由でヨーロッパ旅行をすることが多く、長いフライト時間に比べると、この北周りルートはぐんっと飛行時間を短縮してくれた。
大阪→アンカレッジ経由→アムステルダム→ジュネーブ→ローマ→シチリア、というルートでイタリアの旅が始まった。

Flight route: Osaka--> Anchorage--> Amsterdam--> Geneva--> Rome--> Sicily  in 1998.
My Italian art travel has started.

August 31, 1989

ドイツのポストカード German postcard


 
 
           ドイツの官製はがき(1989年当時)

Magdeburg (Germany) : マグデブルグ(ドイツ)


 
このような街も訪れました。
この街も中世来、戦闘の要衝として栄えたところのようです。
従って歴史的建築物も多く見られます。
Blick zum Dom
Kloster 'Unser Lieben Frauen'
 
 
 

Berlin - National Galerie / ベルリン・ナショナルギャラリー(ドイツ)

1989年11月10日、旧東ドイツ・ベルリンの壁が崩壊する。
私がヨーロッパ東欧の旅に参加したのは1989年7月~8月にかけて。この時は、そう、まだベルリンの壁があり、東西ベルリン側からそれを目の当たりに見ることができた。訪問当時、壁が崩壊するとは知る由もなかった。しかし、各種ジャーナリズムに関する書物を読んでいたら、壁崩壊の伏線は感じられていたかもしれない。

●ベルリンの壁
まさに壁をはさみ、東西ベルリンの「色の違い」を体感したのを覚えている。東ベルリン側の印象は灰色。ショーウィンドウにディスプレイされているマネキンは古さをおび、髪の毛は毛糸、というのを覚えている。一方、西側は色にあふれ、カラフルさ、エネルギッシュさを感じた。

このブログを書いている2014年現在、再びベルリンを訪れたい、と思う次第。

●ベルリン・ナショナルギャラリー
http://en.wikipedia.org/wiki/National_Gallery_(Berlin)


上:パウル・クレー (Above: Paul Klee 1879-1940)
下:ピカソ (below: Pablo Picasso 1881-1973)

Both are my favorite artists.

パブロ・ピカソは老いてもなお、女を求める精力家。その生きるエネルギーはもちろん、数多くの作品を生み出す力ともなっている。ヨーロッパを旅し、いやというほど ピカソの作品を見れば、「理解」ではなく、「感じる」ことをもって作品を受け入れられるようになる。なぜだかわからない、だけども、見れば見るほど「笑けてくる」作品群。生き方も自由だったろうが、ピカソの頭の中は宇宙空間レベルの広がりをもつ超自由なイマジネーションの世界があったものと感じられる。